大女優と名高い名取裕子さん。映画「吉原炎上」では主演で主人公の紫太夫役を熱演し、ファンになった方も多いのではないでしょうか。そんな魅力溢れる名取裕子さんの話題についてまとめました。

名取裕子のプロフィール

名前:名取裕子(なとり ゆうこ)
本名:同じ
出身地:神奈川県横須賀市
生年月日:1957年8月18日
年齢:60歳(執筆時)
身長:165cm
血液型:AB型
学歴:青山学院大学文学部日本文学科卒業
現職:女優
所属事務所:茂田オフィス

「英語の青学」と言われるように、 同レベルの大学に比べて英語の難易度が高いことで有名な青山学院大学出身の才女でもある名取裕子さん。そんな名取裕子さんの代表作といえば、映画「吉原炎上」についてまずはまとめてみました。



名取裕子の代表作:吉原炎上

18歳の久乃(名取裕子)は、吉原の中梅楼に遊女として売られることになった。
吉原は浅草にあり、吉原遊郭と呼ばれるほどの有名な歓楽街であった。
そこでは6年間もの間、借金を背負った女性や家族に売られたものが春を売る。
そうして金を返していくというシステムである。
久乃は花魁の中で1番人気がある、御職の九重という遊女にお目通りする。
そして彼女に下に付き雑用を始め、遊女のことを学んでいった

久乃役の名取さんが遊郭に売られてしまい、そのしきたりなどを学んでいくという幕開けですね。

月日が経ち、久乃は若潮という源氏名で遊女デビューすることになった。
しかし若潮は恐怖から初めての客から逃げてしまう
このことで久乃は、九重から遊女の振る舞いを手取り足取り学ばされる。
九重には通ってくる若い学生がいたが、彼を置いて遊郭をさる決心をする。
九重は残りの借金を返済。
遊女の誰にも挨拶もせず去って行くのだった。

若潮という源氏名になった久乃がデビューし、手ほどきを九重に学ばされる。
その九重が挨拶なく去っていくシーンでは、遊郭の人情の稀薄さが伺えますね。

1年後。
九重の代わりに御職になったのが里だった。
この頃若潮にもひいきにしてくれる男性が現れる
それは信輔という財閥の跡取りだった。
彼のおかげで若潮は確実に遊女として名を挙げている

現在でいうところのリピーターさんですね。財閥の跡取りに気に入られたということだけあって、人気を徐々に高めていくといったシナリオですね。

里には本気で一緒になりたい男がいた。
しかしこの男に裏切られた里は心中騒ぎを起こす。
そして吉原を散々巻き込んだあげく、最後は自殺するのだった。

色恋に発展し、フラれた里の自殺は衝撃的でしたね。遊郭で心底惚れてしまった客に捨てられた悲壮感は想像を超えるのでしょうね。

里の死から1年後。
若潮は遊郭内で美しく人気のある遊女に成長した。
気持ちの中でも自分が遊女として華やかでありたいと、次第に花魁道中復活の夢を見始める。
この頃御職だった小花が病死してしまい、ついに若潮は御職となった
花魁となった若潮は紫という名前になる。

序盤で一目見たおちかからは「あれ(久乃)は稼ぐようになるよ」と言われ、それが現実になったというシーンですね。若潮から紫と名を変え、今でいうナンバー1の御職に上り詰めたというシーンですね。

1年が経ち、信輔は紫の身請け人となりたいと願い出る。
そのために2000円を紫に渡し、借金を返させた上で妻にしたいと言うのだ。
紫は信輔を愛していた。
しかし信輔は紫のところに通いながらも1度も抱かなかった。
このことを気にしていた紫は、自分を娼婦として愛してくれてはいなかったと断る。

身請け人となりお金まで出してもらっても、双方どういった心境だったのでしょうか。信輔の心境は男ならわかりそうな気持ちではありますが、特に紫は複雑な心境だったのでしょうね。

しかし1度あげた金だからと引っ込めない信輔に、その金で花魁道中をさせて欲しいと頼む。
この願いに身も心も娼婦になってしまったと残念がる信輔だったが、その願いを叶えてやることに。
こうして紫の花魁道中は実現した。吉原では憧れの的であった。

遊女としての晴れ舞台である花魁道中をする、この作品一番のみどころですね。遊女として生きてきた紫のプライドが感じられますね。

その後紫の元に通った実業家・坪坂という男に身請けされ、広島で結婚生活を送ることになった紫
しかし吉原を去るその日、吉原は大火災となる。
信輔もその火災の中にいた
坪坂を残し吉原に走って戻る紫は、ただ呆然と立ち尽くし吉原中が燃える火災を見ていた

まるで紫を送り出したのを確認したかのように吉原が炎上するシーンは印象的でした。

技術や大胆性が認められた現代でも中々ここまでは表現できない。
そんな衝撃的なシーンや、演出が多い作品である。

当時としてはかなり大胆で衝撃的な息を飲むシーンがかなり多かった作品でしたね。

物語は浅草にある吉原の遊郭での話。
これだけでも中々見ごたえのある舞台だが、何人かの遊女の人生にスポットを当てて群像劇的に見せているところがドラマを盛り上げている。

主人公の後の紫のシーンよりも他の印象的な遊女のシーンが濃厚だったのは記憶にありますね。そういった意味では見どころ満載のスケールの大きい作品でした。

しかし他のもっと酷い話を想像しているとそうでもなく、借金を返せばきちんと遊郭を出られるし、無理に暴力を振るわれたりはしない。
遊女としての誇りを持った女性達の話であるので、遊女であることを可哀想に思うような視点の話でないのは素晴らしい。

確かに、よくある悪代官にさらわれて弄ばれるような不条理性はなく、借金という現実味の帯びた課題がありましたよね。



若い頃の写真が美人過ぎる

大学在学中、ミス・サラダガールコンテストに応募したのをきっかけに芸能界入りする。その後『3年B組金八先生』にて好演。『序の舞』や『吉原炎上』でのヌードを厭わない体当たりの演技も話題になった。CMでは、長年オロナインH軟膏で親しまれた。

ミス・サラダガールコンテストの頃の名取裕子さんは非常にキレイですね。もちろん今でも変わらぬ魅力をしてらっしゃいますが、やはり昔から美貌を兼ね揃えていたようです。オロナインH軟膏のCMは良く見ましたよね。今でもよく覚えています。

若いころトラブルを起こしていた?

まず名取裕子の若い頃のトラブルということについてあげていきます。

名取裕子はコピーライターになりたいという夢があり神奈川県立厚木高等学校を卒業後に青山学院大学文学部日本文学科に進学をします。サークルは広告研究会でした。

コピーライターになりたいという夢を持って青山学院文学部日本文学科に進学した名取裕子さん。今や大女優の若い頃の夢が、実はコピーライターだったのは驚きですね。

大学一年生の時にサークルで知り合った広告マンに頼まれて人数合わせの
つもりで応募をした「カネボウ・サラダガールコンテスト」にて準優勝を果たします。

人数合わせで出演したつもりのカネボウ・サラダガールコンテストで準優勝を果たしてしまった名取裕子さん。広告マンがもしかしたら美貌や素質を見抜いていたのかも?

1976年「愛と憎しみの宴」でドラマデビュー果たして翌77年「おゆき」で初主演をします。その後「3年B組金八先生」に出演を果たして人気を博しました。

1976年にドラマデビューした名取裕子さん。翌年には主演に抜擢とは才能が伺えますね。

順風満帆に見える芸能活動ですが大学を卒業後に名取裕子は大きな試練に見舞われることになります。
名取裕子はCMの演出を巡るトラブルで事務所と対立をして引退に近い状態にまで追い込まれたことがあったそうです。

順風満帆そうに見えた名取裕子さん。陰ではトラブルも多かった様子ですね。

しかしその危機を救ったのが当時NHKディレクターだった和田勉でした。和田勉は渦中の名取裕子に自身が演出を行っているドラマへの出演を打診します。名取裕子は当時事務所を辞めてどこにも所属をしていなかったということで自宅の電話で直接和田勉と話をして出演を引き受けました。

和田勉さんが直談判でドラマのオファーしたのですね。事務所に所属していない女優さんを起用しようという心意気は感銘を受けますね。

それが1982年のNHKドラマ「松本清張シリーズ・けものみち」でした。演出を担当する和田勉は毎日のようにつきっきりで名取裕子のメイクや演技を事細かに指導をしたそうです。

さらには名取裕子さんにつきっきりの演技指導をしたあたり、和田勉さんの面倒見の良さが伝わってきますね。

また西村晃はじめとする共演者や原作者の松本清張から親身に接してもらい以後和田勉や松本清張らとは生涯に渡る親交を築き上げます。この作品をきっかけとして名取裕子は女優としてやっていく決意を新たにして以後目覚ましい活躍を続けていくことになります。

女優としての決意をした作品になったあたり、大女優名取裕子の立役者に和田勉さんの存在は欠かせなそうですね。

名取裕子が結婚しない理由は?

大女優にまでなった名取裕子ですが2018年現在でも結婚歴がないそうです。結婚をしないと決めているわけではなく還暦を迎えた2017年に結婚について名取裕子が答えています。

大女優でドラマに引っ張りだこの名取裕子さんが、浮いた話が無かったというのは驚きですね。

「年下とか、どんなタイプが好きとか、そんなことはもういってられない(笑)。結婚だけが全てじゃないけどチャンスがあればぜひ!一緒にいて楽しい時間を過ごせる相手が出来ればですねぇ。」とのこと。

楽しい時間を共有できる男性に巡りあっていただきたいですね。

結婚しない理由というのは結婚したいけどお相手がいないということのようですね。絶対に結婚にあたって外せない条件があるようで「愛犬の世話を一緒にしてくれる人」ということです。

名取裕子さんは芸能界きっての愛犬家のようです。犬好きの相手が理想のようですね。

愛犬は二匹いてその愛犬二匹の健康管理の内容が「朝昼晩に食べたもの」「飲んだ薬」「現れている症状」を1日3回詳細にメモするというもので更に加えて「お手伝いさんと交代で面倒を見ているの。7種類の薬のうち苦いものはあんこを包んだり耳掃除や歯磨き、おトイレも出やすいように手伝って…。ここ5年ほど日誌をつけて体温もグラフにしているのでジジの体調が悪いときに役立ちます。獣医さんだけには任せられませんから。」という徹底ぶりです。

愛犬の健康管理の徹底っぷりが凄いですね!家族の一員としてのワンちゃんは名取裕子さんにとっては我が子同然のようすです。

この生活を引き受けることが出来て更に名取裕子と「自然に寄り添える」男性というのが名取裕子の結婚相手に求められる要素となっているようですね。

愛犬を一緒に面倒をみてくれるマメな男性が現れるといいですね♪

上記でも触れましたが名取裕子は芸能界きっての愛犬家としても知られています。子供の頃から家で犬を飼っており子供の頃の夢が「犬と一緒に寝ること」というくらい犬が大好きだったそうです。

そして現在ではただの「愛犬家」にとどまらず50個ものドッグショー優勝カップを愛犬「ジジ」にもたらすなどトップブリーダーとしても知られています。

ここまでの健康管理を徹底していればこその優勝でしょうね。

2018年現在「ジジ」「ココ」の二匹のミニチュアダックスフンドを名取裕子は飼っています。「ジジ」は2012年に17歳で亡くなった「ブブ」の娘にあたります。二匹の愛犬の健康管理はとにかく徹底をしているということで、結婚相手にこの愛犬二匹がなつくのかということも注目のようです。

名取裕子さんを射止める男性に愛犬が懐いてくれることを願いたいですね。