川島なお美さんと言えば「失楽園」のイメージが強い私ですが、幼いころはあまりの衝撃で、見れませんでしたが、今になってみると、川島さんの中身から出る美しさを感じます。
ワイン好きでも有名な川島なお美さんが、若くしてこの世を去りました
若すぎた死は、本当に残念でなりません。なぜ若くしてこの世を去らねばならなかったのか。
川島なお美さんの最期を考えていきたいと思います

川島なお美 プロフィール

名前:川島なお美(かわしまなおみ)
本名:鎧塚なお美(よろいづかなおみ)
生年月日:1960年11月10日
死亡月日:2015年9月24日(54歳没)
身長:158センチ
血液型:AB型
職業:女優
活動期間:1979年~2015年
出身地:愛知県名古屋市守山区
死没地:東京都

パティシエである夫の鎧塚俊彦さんとのご結婚でも有名な川島なお美さん。
夫 鎧塚さんも、非常に優しい、穏やかな人柄の方で、ご夫婦の姿をテレビで見るたび、素敵な夫婦だなと思わせていただいていました。
そんな幸せな中での、川島なお美の死。夫 鎧塚さんの気持ちを考えると、いたたまれない気持ちでいっぱいです。
川島なお美さんの最期を見ていきたいと思います。

川島なお美 最期を迎えるとき・・・

川島なお美さんが2015年9月24日に亡くなって、2018年5月現在でもう2年半以上が経ちます。生前は女優としてドラマ、映画、舞台と精力的に活動し、ワインと愛犬と葉巻をこよなく愛していました

夫で有名パティシエの鎧塚俊彦さんに支えられた闘病生活の末に逝去しました。死因は胆管がんでした。

2014年、健康診断で腫瘍が見つかり、肝内胆管癌を患っている事が判明。腹腔鏡手術にて外科治療、2週間入院の後退院。術後の5年生存率は40~50%。予後の健康維持の管理にビタミンCの点滴、民間療法、悪い気の排除などの施術(エビデンス不明)に取り組み、各媒体に復帰する。

2015年9月23日には自宅療養中であることが公表され、同年11月5日開催予定のソロライブでの復帰を目指していた。しかし、翌24日19時55分、胆管癌により死去。54歳没

胆管がんで亡くなった女優川島なお美(かわしま・なおみ、本名鎧塚なお美=よろいづか・なおみ)さん(享年54)の夫でパティシエの鎧塚俊彦さん(49)が26日、都内の自宅前で、川島さんの最後の言葉が「ごめんね」だったと告白した。

鎧塚氏は憔悴(しょうすい)して、かすれた声で、川島さんの最期の様子を初めて明かした

「力強く僕の目をグッとしっかりと見て、“ハッ、ハッ”と魂を吐き出すように息をしていた。本当に力強かった。その時の言葉は聞き取れなかった。(最期は)苦しまずに眠るように息を引き取った」と気丈に話した。

最後に聞いた言葉は「ごめんね」だった。
亡くなる前日の23日午後11時すぎ、川島さんは吐血。ベッド周辺に血が飛び散った。鎧塚氏はそれまで、吐血した時のためにタオルなどを準備していたが、その時は「油断していた」という。
鎧塚氏が「ごめんね、ごめんね」と謝って血を拭こうとすると、川島さんが「ごめんね」とひと言、口にした。
鎧塚氏は「多分、部屋を汚してしまったことに対してだったと思っていたが…」と話したが、川島さんとしては、病気になってしまったことを最愛の夫にわびていたのかもしれない
鎧塚氏は「(吐血の)血の量も多くて女房も“厳しいな”と思ったんじゃないか。そのまま意識が薄れていった」と振り返った。

自分が最期を迎えるとき、どうなるのか、そんなことは、誰も想像したこともないでしょうし、考えたくもないことだと思います。
でも、吐血し、自分の体が辛く・苦しい時、言えるでしょうか・・【ごめんね・・】と。
私だったら、自分が辛い時、言える自信がありません・・・

川島なお美さんの死因でもある胆管癌とはどのような病気なのでしょうか

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胆管癌とはどんな病気だった?

胆道がんのなかには進行の速いものもあり、診断後できるだけ速やかに治療ができるかが重要になってくる。しかし、胆道がんは自覚できる症状が非常に乏しく、早期発見が難しい。

胆道の治療は、胆汁と膵液の流れが滞っていないかが常に問題になるため、がんの場所、広がりや治療の影響で胆汁や膵液の流れが悪くなると、胆管炎や閉塞性黄疸、膵炎が起こりおなかの痛み、発熱や黄疸などの症状が現れる。

主に手術や薬物療法、放射線治療が行われますが、閉塞性黄疸がある場合には感染を合併するため、がんに対する治療の前に胆汁の通り道を確保する治療を優先することがある。

三大疾病にも入っているガン。やはり早期発見は難し方のでしょうか。
しかし、なお美さんは、ガンが見つかってすぐに、治療を受けていなかったのです・・・

発覚後すぐに手術をしなかった川島なお美さん

川島なお美さんは2013年8月の健康診断で肝内胆管がんが見つかりすぐに手術を勧められましたが拒否しました。川島なお美さんは手術の代わりに抗癌剤治療も勧められましたがそれも拒否して治療をしませんでした。しかし、その後川島なお美さんは命を預けても良いと思った医師に出会ったため、2014年1月に手術を受け、極力体に傷を入れないために全て腹腔鏡下で手術を行ったため12時間を要しました。

最初に手術を受けなかったのが川島なお美さんの死因を早めたと言われています。

川島なお美さんは手術を終えて仕事に復帰するとオフィシャルブログ上で完治したと報告しましたが、2014年7月に再発してしまいました。

先に夫の鎧塚俊彦さんが余命1年と知らされましたが、それを川島なお美さんには伝えず抗癌剤治療を受けながら芸能活動を続けていました。

これぞ、本物の女優なのかもしれません・・
【命を預けてもいい】と思える医師というのは、極力体に傷を入れずに手術を執刀してくれる医師だったのかもしれません。でも私は、長く生きてほしかった・・・。
しかしながらそのこだわりこそが、女優としてのプライドでもあったのかもしれません。

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最後に・・・

腹水が貯まり始めたことに川島なお美さんはついに「もうダメなのかな…」と弱音を吐き始めたそうです。2015年9月7日に夫の鎧塚俊彦さんと一緒に出席したシャンパンのイベントで、その激やせした姿に世間は衝撃を受けました。

当時、川島なお美さんは1日に腹水が5リットルも溜まるようなっていたようで、腹水を抜いても次の日には妊娠したようにお腹が腹水で膨れていました。

川島なお美さんの38キロの体重のうち5キロが腹水だったようで、立っているのも不思議なくらいの衰弱状態だったことでしょう。

しかし、川島なお美さんの中にはそれでも舞台から降りるという選択は無く、毎日腹水を抜いて解熱剤と点滴を受けて舞台に上がっており、命懸けで女優として生き続けたそうです。

誰もが憧れる美しさと、彼女のかもし出す女性らしいエロさに、魅了された方は、たくさんおられると思います。
彼女が、最後の最後まで【女優】であり続けた事に、心を締め付けられる気持ちでいっぱいです。
しかしながら、体が悲鳴を上げながらも、プライドと美しさで、最後まで舞台に立ち続けたなお美さんには、脱帽ですね。
若くしてこの世を去ってしまった現実は、本当に残念であり、悲しみでいっぱいですが、彼女は最後まで自分自身と、そして病と闘い続け、女優であり続けた
そして、夫 鎧塚俊彦さんの心にも、いつまでも生き続けることでしょう。

「おばあちゃんになってもお姫様だっこしてね。これ、私のプロポーズ」

54歳という若さで人生の舞台に幕を閉じた川島なお美さんのご冥福を心よりお祈り致します

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