日本人、多いです、胃がん・・。私の周りにも結構いました。
2015年、フリーアナウンサーの黒木奈々さんが32歳という若すぎる年齢で、この世を去りました。
若い人がなくなるのは、本当に悲しい事です。
黒木奈々さんがこの世を去る原因となった【胃がん】についても、見ていきましょう。
まずは黒木奈々さんについて見ていきましょう。

黒木奈々 プロフィール

名前:黒木奈々
生年月日:1982年11月12日
死亡月日:2015年9月19日(32歳没)
身長:172センチ
血液型:A型
出身地:鹿児島県鹿児島市
職歴:毎日放送
活動期間:2006年~2015年
小学生の時から、将来はアナウンサーになる!と決めていたという黒木さん。
夢をかなえられたのですね。

さて、まずは黒木奈々さんの死因から見ていきましょう。

亡くなるまでの経過はどうだったのでしょうか

念願の国際報道キャスターになった2014年・・・

メインキャスターになって3か月が過ぎた昨年7月、フランス留学時の仲間と会食中に突然、異変が起きた胃が握りつぶされるような痛みで、顔は土色と化し、冷や汗が流れ出た。新たな激痛で気を失い、救急車で運ばれた。胃潰瘍せん孔だった

胃壁に孔(あな)があくこと胃潰瘍(いかいよう)などが悪化して起こる。胃の内容物が腹腔内に出て、
激しい腹痛を起こすことも多い。
胃に穴が開いていることがわかり、「胃潰瘍せん孔」と診断されたでも、番組のことが
とても気になっていた。放送に穴を開けるわけにはいかない。
「帰宅したい」と言ったが、即入院になった
仕事には3週間で復帰した。胃の方も治ってきたと感じていた
だが復帰から10日ほどの昨年8月、番組終了直後に親からのメールを見て、すべてが一転した。
実家に電話すると、父から「細胞検査の結果、(胃潰瘍せん孔でなく)がんとわかった
と病院から連絡があった」と伝えられた。
自分の体より、やっとつかんだキャスターの番組を降板になることが、つらかった
最初に知らされた時は頭の中が真っ白になりました。わけがわからない、なんで私なのって。

やっと掴んだ夢。キャスターという仕事。そんなときに分かった、病気・・・。

母にメールしたら、すぐに電話が鳴った。「丈夫な体に産んであげられなくて、ごめんね……」。

黒木さんだけでなく、親御さんもショックだったことでしょう。
なんでうちの娘なの・・って・・。

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胃がんとの闘い・・ステージ3

セカンドオピニオンを受けに、がんの専門病院に行った。胃カメラ検査で、
がん細胞が巣くうように広がっているのがわかった診察室を出てから、寝るまで泣き続けた。

2004年9月

「私と同じような病気で苦しんでいる方の、励みになりたい。それが若くしてがんに病んだ私の存在意義で、自分を奮い立たせてくれると思いました」

みなさん、どうですか?自分がガン宣告をされたとしたら、黒木さんと同じように思えるでしょうか。
私はきっと・・無理です。なんで私が!!とひたすら嘆いてるだけだと思います。

約6時間の手術で胃を全摘し、食道と腸を結ぶなどした

激痛との闘いが続いた。胃を全摘した痕と、その裏側の背中が特に痛んだ。食事も大変だった
食べることは好きだったのに、おかゆのにおいを嗅いだだけで気持ち悪くなり、食事の時間が拷問のようでした」。

食事をすると、腸がぷるぷる震えていた。未消化の食べ物が流れ込み、腸がびっくりして、冷や汗や吐き気が出る「ダンピング症候群」だ。

ようやく退院できた黒木さん。
NHKの番組にて、報道番組が放送されるとのことで、復帰してほしいとの話があったんです。
でも、ガンはステージ3・・ガンとの戦いは続きます。

担当医から「今後5年の間に60~70%の確率で再発する可能性がある」と説明された
。高すぎる再発のリスクを減らすため、抗がん剤治療を勧められた。

副作用で髪が抜けるのが怖かったが、その恐れがないのを確認し、踏み切りました」。
服用が始まると、ものすごい睡魔だるさ、食欲不振が襲ってきた。昨年12月に入院し、点滴が始まった。

想像を絶する闘病生活

抗がん剤治療が始まり、強い副作用の為、入院せざるを得なかった黒木さん。しかしながら・・

その後、腸炎も併発。体重は6キロほど落ち、顔がげっそりして、目がくぼんでいるのがわかりました」

抗がん剤の副作用で体調は最悪だったが、昨年のクリスマスイブ、8日ぶりに退院した。
1月4日の特別番組が迫っていた。「体調が戻るか不安だったが、母が『絶対大丈夫!』と励ましてくれました

直前に調子が戻り、4か月ぶりの放送に間に合った。やせたのが目立たないよう、スタイリストがおなかに腹巻きを入れてくれた。

胃がんの治療を受けているフリーアナウンサー、黒木奈々(32)が30日のNHKBS1「国際報道2015」(月~金曜後10・00)に生出演し、週1回のレギュラーとして復帰する。
3月末から毎週月曜という限定だが、夜の番組にキャスターとして復帰した

闘病しながらの、仕事復帰。本当に尊敬します・・。とにかく夢を追いかけ、夢だった仕事を続けたい。
その一心な思いで仕事復帰を可能にしたのかもしれません。
しかし・・・

療養のため、7月下旬から番組を休んでいる。通院しながら、再び復帰する日を目指している。
闘病を通し、家族の大切さがわかった。「私も家庭を作りたい。受け入れてくれる人がいれば、ですが」
この時、黒木さんは2か月半後に迫っていた自分の死を、全く予感してはいなかっただろう

黒木さんの病気を受け入れ、家族となるような恋人がいたのだろうか?

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黒木奈々さんを深く愛した男性

知人が「彼女を悪く言う人なんか見たことない」という黒木さんには、彼女を深く愛した男性がいた
結婚を望んでくれる恋人がいたと聞きました。でも、彼女は“いまは仕事が大事だから”と、断ったそうです。念願の報道キャスターに抜擢されて、この仕事をとにかく最後までやり抜くと、本当に意気込んでましたから……」(葬儀に参列した友人)

《最近、結婚したいと心の底から思う。これまで仕事優先で結婚に全く興味なかった。でも、こうなって、心ある人と心の通った恋愛、結婚をしたいと願うようになった。また、恋ができるかな……》
《どうしても生きたい。仕事もしたい。結婚もしたいし、子供もほしい。欲張りかもしれないけれど、だから頑張るんだ》

病室でも復帰に向けて、自分磨きを欠かさなかったという。まずは仕事復帰、
その先に「結婚」「出産」の夢を描いていたのだろう。

出来ることなら、彼女を深く愛してくれる男性と、結婚してほしかった。
仕事を優先させても、彼女の背中を「頑張っておいで」と押してくれる恋人と・・・

そして2015年9月・・

胃がんの治療を受けていたフリーアナウンサーの黒木奈々さんが19日に 死去したと所属事務所のセント・フォースが同日発表した。32歳。
最期は両親に看取られて息を引き取ったという

黒木奈々さんの最期の、アナウンサーとしてのテレビ出演は、【国際報道2015の7月13日】だった。

黒木奈々さんの胃がんはスキルス性?

最後に、黒木奈々さんの胃がんについてみておきたいと思う。
スキルスではなかったのか?という声が、ネットでも上がっている。

スキルス胃がんは、胃がんの約10%を占めるとされるガンで女性や若年者に多いとされているガンです。スキルス胃がん特有の症状はないこともあり診断は難しいとされており、腹膜播種やリンパ節転移の頻度も高いことから、治癒切除が困難で予後が悪い傾向にある治療の難しい胃がんであると考えられています。
黒木奈々さんを襲った胃がんもスキルス性胃がんであった可能性が高いとされているようです

黒木奈々さんの場合も、ガンと判明してからの進行が非常に速かったです。
症状がないということは、気づいた時には、手遅れ・・というケースになるのでしょう。
スキルス胃がんの原因とされているものをチェックしておきますね。
・タバコの吸いすぎ
・お酒の飲みすぎ
・塩分の取りすぎ
・野菜を食べず肉食に偏る
・遺伝
いくつも当てはまるよ~という人は、生活習慣を変えることをまずはしましょう!
スキルス胃がんは発見されにくく、胃カメラなどでも見つかりにくいガンです。
初期症状をのせておきますので、1つでも当てはまる症状のある方は、明日、病院の予約をお願いしますね。

・ゲップが胃の入り口あたりで詰まって出ない。
・食事をすると胃がパンパンで破裂する感じがする。
・ゲップを出そうとしても出なくて苦しい。
・吐くと少し楽になる。
・食べるのが苦しくて食欲が無くなった。
・苦しいので、市販の胃薬で済ませている。
・虫歯ではないが、奥歯が痛む。
・胸が重苦しい。

どうですか?当てはまるもの、ありませんか?
今回は、若くしてこの世を去った、アナウンサーの黒木奈々さんについて見てきました。
決して他人事ではありません。明日は我が身だと思って、自分の体に目を向けてみてください。
彼女の伝えたかった事、今を生きている私たちが、しっかりと感じ、これからを生きなければなりません。
幼いころからの夢を叶え、そして、いつも夢を追い続けた黒木奈々さん。
あなたの強さと、まっすぐなその姿はいつまでも私たちの胸に生き続けることでしょう。
黒木奈々さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。

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