みなさんこんにちわ。
三大疾病と言われるガン。芸能界でも一般人でも、ガンで亡くなる方かなり多いですね。
早期発見が出来なければ完治はなかなか難しい。再発の恐れもある。
今回は、23歳という若さで、この世を去った堀江しのぶさんについて見ていきたいと思います。
まずはこちらから↓

堀江しのぶ プロフィール

名前:堀江しのぶ
本名:堀部しのぶ(ほりべしのぶ)
生年月日:1965年8月18日
死亡月日:1988年9月13日(23歳)
身長:162センチ
血液型:A型
出身地:愛知県西春日井郡西枇杷島町
死没地:名古屋市南区
デビュー:1983年~
ジャンル:タレント・女優

恐れを知らない。無謀で向こう見ず。それが若さの逞しさであり、脆さでもある……。だが、
寝首を掻かれるような、まさかの早逝。その死が最愛の女性の美しさの絶頂期ならどうだろう?
迸る青春の瑞々しい生命を冒涜するように、悲報が突如降りかかったならどうだろう? 神も仏もない! と嘆息号泣するにちがいない。ましてや、嘆息する暇すら与えないほど危急に唐突に情け容赦なく
「23歳の別れ」が訪れたなら……。

23歳という若さでこの世を去った、堀江しのぶさん。
まだまだこれからたくさんやりたいこともあったでしょう、楽しい事も待っていたでしょう。
しかしながら運命は、時に悲惨なのです・・・

堀江しのぶ この世を去った死因

1988(昭和63)年9月13日午前4時28分、堀江しのぶは、スキルス性胃がんの卵巣転移のため急逝。
享年23。長くも険しい人生の道程に、ほんの数歩、恐る恐る小さな足を踏み込んだにすぎないほどの若さだ。

はい、堀江しのぶさんが若くして亡くなった理由は、スキルス性の胃がんの卵巣への転移でした。
厄介なんですよね、スキルス性は・・・

22歳を迎えた頃、堀江は「もう少し細くなりたい」とダイエットを試みる。間もなく原因不明の腹痛、食欲不振が続く。ダイエットの影響だろうか? 体調不良が収まらない。 4月8日、東京都内の病院を往診。卵巣のう腫の診断。翌9日に緊急入院。だが内実は「スキルス性胃がん」が卵巣に転移した「末期がん」の病態だった。胃壁全体が硬くなり、胃が過度に収縮し、悲鳴を上げている。しかも、6リットルもの腹水が溜まる「がん性腹膜炎」も併発医師団は眉を曇らせつつも、がんの進行度は最悪のステージ4(5年生存率10%)、余命2か月の冷酷な診断

もう、見つかった時には末期だった。こんな若い年齢でなんてなかなか行かないですし、
なんてったって、スキルス性は初期症状がでない・・・。
あっても、風邪の症状程度で、その症状からガンを疑う人はいないでしょうから・・・

スキルス性胃がんとはどういったものなのか

スキルス胃がんの主な症状は、一回の食事量が減る、食欲不振、吐き気、血便(黒色便)、体重減少、下痢などがあげられます。
初期症状は皆無に等しく、風邪や体調不良のような症状が多く、がんを疑う人は少ないようです。
がんが進行してくると胃壁全体が硬くなり、みぞおちあたりを触ると硬い腫瘤を触ることができたり、
腹水がたまりやすくなってきます。
スキルス胃がんは、胃がんの原因と考えられているピロリ菌との関連は少ないとされているものの、
慢性胃炎や炎症、不摂生な生活、たばこ、飲酒、生活習慣、ストレスなどが関係していると考えられています。
また年齢・性別で比較すると30代~50代の女性に多いとされており、胃がん全体の10%がスキルス胃がんだと言われています。

今日はなんか食欲ないな~とか、お!体重減ったじゃん!とか、ダイエットを常に気にしている日本人女性には、病的なものとは思わないでしょう。初期症状がないというのは、早期発見が本当に厳しいと思います。

スキルス性胃がんは、発見されにくい、進行が早い、転移しやすい、
再発度が高いがんだ。ステージ4なら、復帰は、まず困難だろう。

まさに堀江さんの場合もそうだったと思います。分かった時にはもう遅かった・・。

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堀江しのぶさんの最期

堀江の病状を慮ってなのか、落胆した家族への配慮なのか、5月に地元の中京病院(名古屋市南区)への転院が許される。晴れれば、母親といそいそと買い物に出る日も。しかし、病魔は、慈悲の片鱗を片時も見せない。猛暑の盆明けの8月18日、23歳の誕生日を病室で迎える。やさしく庇う母を見つめる娘。苦悶に耐えに耐えながら気丈に微笑むだけ。全身が重くベッドからとても起き上がれない。見舞人もさし控える。 ほどなく容体が急変。誕生日からわずか26日後、絶命する。病名を堀江は知らない。戒名は「麗光貞忍大姉」。忍の一字が悲しげな音色を響かせる。

つい4ヶ月前までは、誰もが羨むほどに、キラ星のように艶やかに燦然と輝いて生きている。若すぎる堀江に似つかわしくないが、鬼の霍乱(かくらん)。天を仰ぐほかない余りにも不本意な急死。惜しみ尽くせいないほどの薄命だった。

病床を見舞った野田元社長に堀江が呟いた最期の言葉がある。 「社長、私、仕事がしたい」

たった23歳という若さで亡くなった堀江しのぶさん。
本人は本当の病名を知りませんでした。卵巣のう種の診断のまま、家族が本当の病名を伝えなかったんですね。
それを、病名が誤報道だった!と言われた事もありましたが、それは違いました。
家族、そして事務所の社長さんの、堀江さんに対する深い愛からの意向だったのです
最期の言葉が、仕事がしたい!とは、社長も本当に悔しかったでしょうね。
最後に、堀江しのぶさんとの最後のお別れの時間、葬儀について紹介しておきます

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堀江しのぶさん 最後のお別れ 葬儀

堀江とは大の親友同士でもあったマリアンは彼女の死に大号泣し、生前の堀江と親子のように交流を持ち、堀江の他界直前に実姉をガンで亡くしていた横山ノックも≪色んな事柄が遭ったりもうこの世の方では無く向こうに逝かれています。≫参列した葬儀の席でガンが憎いと悲嘆していたと言われていました。戒名は麗光貞忍大姉

憎くて憎くて仕方ないですよね。大切な人の命を蝕み、そして奪っていったガン・・
当時、堀江さんが所属していた事務所の社長さんはこんな言葉をおっしゃっていました。

堀江しのぶが亡くなった時は、辛さのあまり会社を畳もうと思った
でも、応援してくれる人、スタッフそしてしのぶのためにも続けようと心に決めた

堀江さんは、たくさんの人から愛され、そしてその若すぎる死にたくさんの人が心を締め付けられました。
彼女の存在は、彼女の周りにいた皆を温かくしてくれていたのでしょう。

今回は、23歳という若さで、この世を去った堀江しのぶさんについて調査してみましたがいかがでしたでしょうか?
スキルス性胃がんは、決して他人事ではないということを、読んでくださったみなさんにも、
心にとめておいていただきたいと切に願います。
堀江さんもまた、自分がガンで、余命が少ない事なんて、思いもしなかったでしょう。
しかしながら、運命とは皮肉なもので、まだまだこれからの堀江さんの体を蝕んでいました。
私達も、自分は大丈夫だから!という考えを捨て、もしかしたら・・と、ご自分の体に目を向けてください。
今年で、堀江さんがこの世を去って、30年になります。
今頃は、素敵な熟女!?になって、天国でのんびりと過ごされていることでしょう。
堀江しのぶさんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。読んで頂きありがとうございました

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